東京地方裁判所 昭和61年(ワ)15829号 判決 1989年8月31日
原告 小串克紀
右訴訟代理人弁護士 相磯まつ江
同 芹沢孝雄
被告 株式会社 バウ設計事務所
右代表者代表取締役 垣内直
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 石田武臣
主文
一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金二一二万三一一〇円及びこれに対する昭和六一年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は、勤務先の会社内での草野球チームである「株式会社ニューライフクオリティチーム」(以下「ニューライフチーム」という。)の選手として、昭和六一年五月二四日、豊島グランドで行なわれた「第八回ニッサングリーンカップ全国草野球大会」(以下「グリーンカップ」という。)東京都大会の第二次選抜会に参加し、同日午後二時頃から、被告株式会社バウ設計事務所(以下「被告会社」という。)の組織するバウA&Cチーム(以下「バウチーム」という。)と対戦した(以下「本件試合」という。)。
本件試合はバウチームの先攻で行なわれたが、その四回表対戦中の同日午後三時頃、バウチームの打者であった被告水上直樹(以下「被告水上」という。)がサードゴロを打ち、このとき三塁にいたランナーが飛び出して三塁・本塁間に挟まれ挟殺される間に、被告水上は一塁を回って二塁へ向かった。この間、二塁手として当初別紙図面(以下、同図面記載の地点を、単に「」というように示す。)の位置で守備をしていた原告は、右挟殺プレー中の三塁のカバーをするための位置へ移動したが、三塁ランナーがアウトになることがはっきりした段階で、二塁ベースから一メートル離れたの位置まで戻り、球を受ける準備をして球のくる方向に体を向けて構え、次いで、三塁手から投げられた球(球の方向は別紙図面のとおり)をとろうとして僅かにの位置へ移動したところ、一塁を回って二塁に向かい別紙図面・・・→方向に疾走してきた被告水上がスライディングしながら原告に体当たりし、その膝を原告の左膝真横に激突させた原告を転倒せしめ、原告に対し全治六か月を要する左足内側々副靱帯損傷の傷害を与えた(以下「本件事故」という。)。
2 被告らの責任
(一) 被告水上
(1) 被告水上は、原告が球をとって被告水上にタッチするとアウトになるので、これを避けるため、前記1のとおり敢えて二塁ベースから一メートルも離れた地点にいた原告に向かってスライディングし、故意に体当たりして本件事故を発生させたものであるから、右の行為は、原告の守備妨害を目的とする明白な傷害の故意をもった違法行為であり、明らかにスポーツとして許容される範囲をこえた攻撃である。
仮に故意でなかったとしても、被告水上は、原告の立つ位置をベースと誤解した重過失によって本件事故を発生させたものである。
(2) また、被告水上は、バウチームの登録選手ではなく、グリーンカップ東京都大会第二次選抜会実施要項で定められた参加資格がないのに、敢えてルールに違反し、無登録の替玉選手として本件試合に参加し、本件事故を発生させたものであるから、被告水上の行為をスポーツによる傷害行為として、その違法性を阻却することはできない。
(3) したがって、被告水上には民法七〇九条に基づく責任がある。
(二) 被告会社
バウチームは被告会社の社員を主たる構成員として編成されており、グリーンカップ東京都大会第二次選抜会への参加も、被告会社の社員に対するレクリエーションの一環としてなされているのであるから、被告会社は、被告水上の使用者として前記被告水上の違法行為につき民法七一五条一項に基づく責任を免れない。
(三) 被告垣内
被告垣内直(以下「被告垣内」という。)は、バウチームの監督であり、チームの選手にルール違反や違法行為がないよう注意すべき義務があるところ、この義務を怠り、被告水上の違法行為による本件事故を発生させた。更に、被告垣内は、バウチームの監督として、あらかじめグリーンカップ大会事務局に「応募申し込み書」によって届け出た登録選手をして試合に出場せしめなければならない義務があるところ、自ら右ルールを破り、無登録選手である被告水上を敢えて本件試合に出場せしめ、その結果本件事故を発生させた。したがって、被告垣内には民法七〇九条に基づく責任がある。
また、被告垣内は、被告会社の代表者であり、被告会社が前記2の(二)のとおり民法七一五条一項により責任を負うのと別に、使用者に代わって事業を監督したものとして本件事故を発生させたことにつき同条二項に基づく責任を免れない。
3 損害
(一) 原告は、本件事故により前記1の傷害を受けたため、昭和六一年五月二四日豊島区の岡本病院で応急処置を受けたが、その後、同月二七日関東労災病院で診断を受け、同月二八日から同年七月一二日まで四六日間同病院において入院加療し、更に、同年九月一六日まで一か月に数回づつ同病院に通院して治療を受けた。
(二) 右受傷による原告の損害額は次のとおりである。
(1) 入通院治療費 二〇万四〇二〇円
(2) レンタカー・タクシー代等交通費 三万一九九〇円
(3) 両親の交通費 一〇万五一〇〇円
(4) 入院中の雑費 一日二〇〇〇円として 九万二〇〇〇円
(5) 休業補償 一か月二〇万円として
五か月分 一〇〇万円
(6) 慰謝料 入院中一日一万円として 四六万円
通院期間一一三日中の分として 三〇万円
合計金二一九万三一一〇円
(三) 原告は、昭和六一年八月六日、被告らから見舞金として金七万円の支払を受けた。
よって、原告は、被告らに対し、各自、右支払を受けた金七万円を控除した損害賠償金二一二万三一一〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和六一年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告がニューライフチームの選手として、昭和六一年五月二四日豊島グランドで行われたグリーンカップ東京都大会の第二次選抜会に参加し、同日午後二時頃からのバウチームと対戦したこと、本件試合がバウチームの先攻で行なわれたこと、四回表対戦中の午後三時頃、バウチームの打者として被告水上がサードゴロを打ったこと、このとき三塁ランナーが飛び出して三塁・本塁間に挟まれ挟殺されたこと、被告水上がこの間に一塁を回って二塁へ向かったこと、被告水上と原告が二塁付近で衝突し、原告が負傷したことは認め、その余は否認する。
被告水上は、サードゴロを打って一塁に走り、一塁を回ったときに三塁側を見たところ、三塁ランナーが三塁・本塁間に挟まれて追われている状況にあった。そこで被告水上は、右挟殺プレー中に空いている二塁に進塁すべく二塁ベースに向かって走り、二塁ベース前約二メートル付近でスライディングの体勢に入った。他方、原告は、味方の右三塁・本塁間の挟殺プレーに心奪われ、漫然と本来の守備範囲を離れ、いったんは右挟殺プレーのバックアップをしようと三塁の方に分かったが、被告水上の走塁に気が付き、あわてて再び二塁の方に戻り、二塁々上付近の、被告水上がスライディングしようとしている線上に駆け戻ってきた。被告水上は、スライディングライン上に侵入した右原告の動きを見て、急遽衝突を避けようとして二塁外側から回り込もうと試みたが、避けることができず、体勢が崩れ、転倒するような形で原告と衝突したものである。したがって、原告と被告水上が衝突した地点は、二塁ベースにほとんど近接した一塁側の地点であり、原告の主張するような二塁ベースから一メートルも三塁ベース寄りに離れた地点ではない。
2(一) 同2の(一)の(1)は否認する。
本件事故は、前記二の1で主張したとおり、被告水上が正当かつ正常なプレーとして二塁に走塁し、セーフのタイミングでスライディングしようとしたところ、その走塁線上に原告が侵入してきたため、避けようのないままにぶつかって衝突し、被告水上の左足、膝、腰のいずれかの部分と、原告の左足、膝、腰のあたりのいずれかの部分が強くぶつかり、原告の体が急にひねられた形となり、原告の動きと体重も加わって、左膝内側の側副靱帯の損傷がおこったものである。したがって、被告水上の行為は、草野球中の正当な行為として何らの違法性をもたないばかりか、むしろ原告の走塁妨害によって本件事故が発生したといえるから、被告水上には不法行為の該当性は全く存在しない。
同2の(一)の(2)は否認する。
本件試合は、社会人の草野球の試合であって、「登録選手」というのもそれほど厳格なものではなく、選手の足りないときに職場の同僚がかわりに参加することは日常的に行なわれている。およそ「替玉」だの、「ルール違反」だのと非難を受ける筋合いのものではない。
同2の(一)の(3)は否認する。
(二) 同2の(二)のうち、被告会社が被告水上の使用者であることは認め、その余は否認する。
(三) 同2の(三)のうち、被告垣内がバウチームの監督であり、被告会社の代表者であることは認め、その余は否認する。
3 同3の(一)は認める。
同3の(二)は知らない。
同3の(三)は認める。そのほかに、被告らは原告に対し、原告の入通院の交通費分としてタクシー券の形で金一万円を渡している。更に、被告らは、グリーンカップの後援者であるニッポン放送が加入していた傷害保険の保険金がでるように諸手続を原告のために行ない、昭和六一年一〇月一三日頃、金一四万五〇〇〇円の傷害保険金が原告に支払われている。
第三証拠《省略》
理由
一 争いのない事実
原告がニューライフチームの選手として、昭和六一年五月二四日豊島グランドで行なわれたグリーンカップ東京都大会の第二次選抜会に参加し、同日午後二時頃からバウチームと対戦したこと、本件試合がバウチームの先攻で行なわれ、四回表対戦中の午後三時頃、バウチームの打者として被告水上がサードゴロを打ったこと、そのとき三塁ランナーが飛び出して三塁・本塁間に挟まれ挟殺されたこと、被告水上がこの間に一塁を回って二塁へ向かったこと、被告水上と原告が二塁付近で衝突し、原告が負傷したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 事故発生の経緯等
1 右当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》を総合すると、事故発生の経緯等につき次の事実が認められる。
(一) 全国規模で行なわれる社会人の草野球大会である「グリーンカップ」の東京都大会における第二次選抜会は、昭和六一年度においては、東京都大会に出場を希望する応募チームのうち抽選によって選出(第一次選抜)された六四八チームの中から、更に東京都大会に出場できる一六二チームを選抜するために行なわれた。
バウチーム及びニューライフチームは、いずれも社員を主メンバーとする社内の親睦的な草野球チームであり、両チームは、主催者が決定した組合せの結果、右第二次選抜会の対戦チームとして、昭和六一年五月二四日、豊島グランドで本件試合を行なうことになった。
被告水上は、昭和六一年四月に被告会社に入社した者であって、野球については小、中学校時代に少年野球をやっていた経験はあるものの、その後は本件試合まで対外的な試合に参加したようなことはなく、本件試合には右試合の一、二週間前にチームメートから誘われて参加することになった。他方、原告は、中学及び高校の途中まで野球部に所属していたこともあって、野球には自信があり、本件試合以前にも、昭和五九年度及び昭和六〇年度のグリーンカップ東京都大会の第二次選抜会における試合に選手として出場した。
(二) 本件試合はバウチームの先攻で行なわれ、一回の裏にニューライフチームが一点を、二回の表にバウチームが二点をそれぞれ入れて、バウチームの一点リードで四回の表を向かえ、三塁にランナーを置いた状態で被告水上が打者に立った。
被告水上は、サードゴロを打って一塁に走り、一塁を回ったところで三塁側を見たところ、被告水上のサードゴロで飛び出した三塁ランナーが三塁・本塁間に挟まれている状況であったため、更に進塁すべく二塁ベースに向かって走った。この間、二塁手である原告は、右挟殺プレー中の三塁をカバーするため、二塁の守備位置から三塁の方に移動したが、三塁ランナーがアウトになることが確実になったうえ、被告水上が一塁を回って二塁に向かって走ってくるのに気付いたことから、二塁ベース付近まで駆け戻ってきて、球のくる方向に体を向け、三塁ランナーをタッチアウトにした三塁手から送られてくる球をとろうとしていた。このとき、被告水上は、二塁ベースの約二~三メートル手前で、二塁ベースに滑り込もうと、左足を曲げ体をやや横に倒してスライディングの体勢に入ったところ、前記のとおり二塁ベース付近で三塁手から投げられてくる球をとろうとしていた原告の姿が目に入ったため、とっさに右に体をかわそうとしたが、かえって体勢が崩れ、仰向けに倒れるような形で被告水上の体の左側が原告の左足膝あたりに衝突し、両者ともに転倒して、原告は左足内側々副靱帯損傷の傷害を負うに至った。
(三) 被告水上は、転倒後すぐに立ち上がり、前記衝突の際に一塁から二塁への延長線上に約二メートルほど飛ばされた移動式ベースがもとあった二塁ベースの位置を踏んだ。バウチームの監督であり本件試合の主審を務めていた被告垣内は、原告がとらえ損なった球が外野を点々としており、前記のとおり被告水上が二塁ベースを踏んだのを見て、被告水上のセーフを宣言し、次いで、原告が怪我をしていたことから試合を一時中断した。その後、原告が退場し、二塁手が交代して試合が再開されたが、その際、ニューライフチーム側から、被告水上の前記プレーについて抗議が出されたようなことはなかった(なお、本件試合は七回の裏まで行なわれ、右最終回にニューライフチームが二点を入れ、結局二対三でニューライフチームが勝った。)。
(四) 原告は、近くの病院で応急処置を受けたが、怪我の程度が左足内側の側副靱帯を損傷するようなものであったことから、本件試合終了後、ニューライフクオリティーの本社で、本件損害の賠償を求めて被告水上、同垣内らと話し合った。しかし、被告らの責任を追求する原告側に対し、被告らは、原告の怪我が野球の競技中に起きたものであり損害賠償の対象にはならないとして、責任のあることを認めようとしなかったため、とりあえず、事実関係だけを双方で確認し、話し合いを継続することになり、被告垣内と原告との間で、「ニッサングリーンカップ第八回第一回戦対戦チームニューライフクオリティーとバウA&Cの対戦中(昭和六一年五月二四日午後二時~四時)、豊島区営グランド二塁塁上において、走者水上と二塁手小串と接触し、二塁手小串が負傷しました。今後話し合いをするにあたり、バウA&C側代表者として垣内直、ニューライフクオリティー側は小串が行ないます。」との内容の書面が双方了解のうえ作成された。
以上の事実を認めることができる。
2 もっとも、原告は、被告水上が原告の守備を妨害するため、敢えて二塁ベースから一メートルも離れた位置にいた原告に向かってスライディングし、故意に体当たりした旨主張し、原告及び証人谷川の供述中には右主張に沿うごとき供述部分がある。
しかし、原告は三塁手から投げられてくる球の方向のみを注視していて、被告水上の行動を見ていないことはその供述自体から明らかであり、また、原告が二塁ベースから一メートルも三塁ベース寄りにいたとの原告の供述も、一瞬のプレー中の記憶に基づくものであって、必ずしも正確とはいえず、現に、原告は三塁手からの球がずれたため更に位置を移動した旨供述していること等に照らすと、原告の右供述部分はにわかに信用することはできない。また、証人谷川の右供述部分についても、同人が野球のルールを全く知らないうえ、衝突の際の状況についてもよく見えなかった旨供述していること等に照らし、信用することができない。
なお、原告は、原告が衝突後転倒した位置がの位置から外野方向に約一~一・五メートルの地点であることからしても、原告と被告水上の衝突地点が原告主張の地点であることが裏付けられる旨主張し、右原告の転倒していた位置については、被告垣内もほぼ原告の供述と一致した地点である旨供述している。
しかし、原告の転倒した位置が原告の主張する地点だとしても、他方、原告は、「衝突によって飛ばされた」「衝突後転がっていった」とも供述していること、また、被告垣内の前記転倒位置についての供述も、衝突直後の転倒位置と直ちに確定し難いこと等の前記証拠によって認められる諸事情を考慮すれば、右転倒位置から直ちに衝突地点が原告主張のとおりであることを裏付けるには足りないというべきである。
更に、原告は、被告水上が原告の立つ位置を二塁ベースと誤解してスライディングした旨主張するが、本件全証拠によってもそのような事実を認めるには足りない。
三 被告らの責任原因等
1 被告水上について
ところで、野球のようなスポーツの競技中の事故については、もともとスポーツが競技の過程での身体に対する多少の危険を包含するものであることから、競技中の行為によって他人を傷害せしめる結果が生じたとしても、その競技のルールに照らし、社会的に容認される範囲内における行動によるものであれば、右行為は違法性を欠くものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、被告水上と原告との具体的な衝突の状況については、前記二の1で認定した以上には明確にしがたいところであるが、被告水上は、前記のとおり、二塁ベースの約二~三メートル手前から、二塁ベースに滑り込もうとスライディングの体勢に入ったところ、三塁方向から二塁付近に駆け戻って三塁手から投げられた球をとろうとしていた原告を発見し、とっさに避けようとしたが避け切れず、かえって体勢を崩し、仰向けに倒れるような形で原告に衝突したものであって、被告水上が、原告の主張するように「守備妨害の目的で、敢えて二塁ベースから一メートルも離れた位置にいた原告にスライディングした」とか、「原告の立つ位置を二塁ベースと誤解してスライディングした」といった事実が認め難いことは前記二の2で判示したとおりである。したがって、右衝突による原告の受傷が、被告水上の故意又は重過失に起因する行為によって生じたものということはできず、また、前記二の1で認定した本件事故前後の状況等に鑑みると、被告水上がルールに違反する危険なスライディングの方法をとっていた等の事情も認められないから、結局、本件は、野球のルールに照らし、社会的に容認される範囲内における行動によって原告に傷害を負わせた場合にあたり、被告水上の行為は違法性を欠くものと解するのが相当である。
なお、原告は、被告水上が無登録の替玉選手として本件試合に参加し、本件事故を発生させたものであるから、違法性が阻却されない旨主張する。
なるほど、グリーンカップ東京都大会第二次選抜会実施要項(甲第一号証の二)には、「(資格)選抜会参加チームは大会規定に沿って応募したチームで登録された選手であること。」、「(その他)替玉選手の出場等は禁止し不正が発覚した場合は失格とします。」との記載があり、他方、バウチームがグリーンカップに参加を申し込むにあたり大会事務局に提出した「応募申し込み書」には、バウチームの選手として被告水上の登録がないことが明らかである。しかし、被告水上が無登録選手として本件試合に参加したことと、原告の受傷との間には、いわゆる相当因果関係があるとは認め難いばかりでなく、バウチームが前記「応募申し込み書」によってグリーンカップへの参加を申し込んだのは昭和六一年二月から三月頃のことであって、その当時被告水上はまだ被告会社に入社していなかったこと、右「応募申し込み書」の裏面に記載された大会要項には、「登録の変更は、原則として受付時から全国決勝大会まで認めません。」と規定されていて、必ずしも登録の追加変更が認められないわけではないうえ、第二次選抜会は東京大会のいわば予選であって、右段階では一般に、参加選手の登録の追加変更について、さほど厳格には考えられてはいなかったこと、また、被告水上は登録選手の「替玉」として本件試合に参加したわけではなく、本件試合開始前に両チームの間で交換されたメンバー交換表には被告水上が選手として記載されていたこと等の《証拠省略》によって認められる諸事情を考慮すると、被告水上があらかじめ「応募申し込み書」によって大会事務局に届け出られた登録選手ではなかったとしても、そのことゆえに、前記被告水上の行為が違法性を帯びるものとは解し難い。前記原告の主張は採用できない。
そうすると、被告水上には不法行為は成立しない。
2 被告会社について
前記1に判示したとおり、被告水上に違法行為が存在しない以上、その他の要件につき検討するまでもなく、被告会社に民法七一五条一項の使用者責任が成立しないことは明らかである。
3 被告垣内について
被告水上に違法行為が存在しないことは、前記1に判示したとおりであるから、被告水上の違法行為の存在を前提とする被告垣内の注意義務違反に基づく民法七〇九条の責任あるいは民法七一五条二項の代理監督者の責任は、その余の点につき判断するまでもなく、成立しないことが明白である。
また、無登録選手として被告水上が本件試合に参加したことと原告の受傷との間に、いわゆる相当因果関係がないことは前記のとおりであるから、被告水上を本件試合に参加させたことについて被告垣内が不法行為の責任を負わないこともまた明らかである。
四 結論
以上のとおりであって、被告らには不法行為が成立しないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は理由がない。
よって、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 土居葉子)
<以下省略>